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【舞台】劇団四季「エビータ」

2006.9.5 劇団四季 「エビータ」 四季劇場・秋  

作詞*ティム・ライス/作曲*アンドリュー・ロイド=ウェバー/製作・演出*浅利慶太
エビータ*井上智恵/チェ*芝 清道/ペロン*下村尊則/マガルディ*飯野おさみ/ミストレス*西田ゆりあ

 かれこれ9年も前になるのだが、マドンナ主演の映画「エビータ」を観た。それがたいそう面白かったので、元の舞台というのはどういうものなのか、一度観たかったのだ。私はミュージカル映画をがんがん観ながら育ったので(もちろんテレビで)、舞台が映画化されたものもずいぶん観た。そのたびに「こういう場面転換は舞台だとどうなるんだろう?」というのは興味の的だった。ミュージカルを観に行くのはローリー寺西の「ロッキー・ホラー・ショー」以来、何年ぶりなんだ? というわけで、いそいそと会社帰りに浜松町へ。
 いろいろな意味でとても面白かった。映画と比較してもあれこれと面白かったし、舞台単独で観てももちろん面白い。映画を観たのはずいぶん前だが、サントラはしょっちゅう聴いていて頭の中に入っているし、ストーリーもばっちり。席は2階中ほど。死角は少なかったけれど、もう少し低い位置で観た方がダンスが楽しめそうだ。

 第1幕。エビータの死がアナウンスされ、幕が開く。葬儀の場に現れた「チェ」がエビータの一生を振り返る。故郷の田舎町で歌手マガルディをたぶらかし、無理やりブエノスアイレスについていくところから、次々と男を踏み台にして女優となり、ペロン大佐と手を組んで民衆を扇動、ペロンを大統領に据えるまで。

 舞台が思いの外、狭い。というよりも幅が狭くて奥行きがあるのでそのように見えるのか。ほぼ正方形か? その分仕掛けはいろいろとあって、上がったり下がったり回ったり光ったりと忙しい。

 チェの芝さんが素晴らしい。声に張りがあって、響く響く。声質が好み♪ 終始ヒゲ面のコマンダー姿で出てくるので、もろゲバラ。でもゲバラにしては顔が丸い……orz。いや、顔が丸いのはいいとして、もう少し体にキレが欲しい気が。でも、シンガーとダンサーの体が違うのは当たり前なんだし、コマンダーとしては十分だよな。ペロンの下村さんは、最初のうち声に張りがなく、音程もちょっとな場所があって「あや?」だったのだけど、次第に乗ってきたのか、1幕の終わりにはよくなっていた。エビータの井上さんの、全幕通して衣装の早替えがスゴイ。え、また違う衣装っすかー、てな具合で何着着たんだか。ミストレスの西田さんの歌は「うーん」だな。16歳の役だけあって「子どもっぽさ」は出てたけど、それにしてもなぁ(でも16歳ってもう少し大人じゃないか?)。ミストレスなんて1曲歌うだけの役なんだから、むしろアンサンブルでガンガン踊った方がいいのでは、と思ってみたり(それこそ経歴からすれば)。

 「ニュー・アルゼンチーナ」の歌い出しが「ニュー・アルゼンチーナ/今ぞ日は近し♪」なのに「ぷっ」と(笑)。やっぱりそこは「今ぞ日は近し」なのか。もちろん笑うところではなかったらしいが。場面としてはちょっと物足りなくてがっくし。やっぱりデモはある意味物量なんだなー。なんというか、エビータの民衆への取り入り方が、ヤな感じなのね(妙におばさんくさいし)。それは演出や演技として間違っているわけではないのだけど(浅利氏の演出は終始「民衆=愚民」であるのだし、エビータは「欺瞞」なのだから)、それにしても盛り上がっていく民衆に肩入れできない気分になるのだな。私はやっぱりチェに寄り添った気持ちで見てしまうので、余計にそうなのだろうと思う。唐突に気弱になるペロンは妙に可愛い♪ 

 アンサンブルの方も、民衆の場面よりも、軍隊や貴族の方が面白かったりする(わかりやすい身振りだからか?)。1幕ではむしろ「ペロンの野心」や「エリートのゲーム」の方が楽しかったなぁ。

 第2幕。ファーストレディとなったエビータの、バルコニーでの「泣かないでアルゼンチーナ」から始まり、欧州歴訪、基金の設立、やがて病に倒れ、その死まで。

 のっけから「泣かないでアルゼンチーナ」(四季的には「共にいてアルゼンチーナ」)。あのドレス姿はとてもきれいだったけれど、このシーンだけなのね。ちょっと残念。きちんと盛り上がりつつ、ちゃんとその後の不吉な予感も残すところは流石。でも、やっぱり群衆とエビータが両方客席を向いている、というのはなんか妙だ。「エビータとチェのワルツ」は、二人がずっと向かい合ったままなのだけど、踊らなくてもいいからたまにはこっち向いてくれ、と思ったり(笑)。どんどんおばさんぽくなっていくエビータが妙にリアル。

 「夢を追い求めた女性の物語」というよりは、「妄執に囚われた女の一生」という感じ。チラシの文句でいくと、「情熱」と「野心」はてんこ盛りだけど「愛」はどこ? てな具合(男二人はそれでもそれぞれにエビータを愛してるんだけどね。でも二人とも「片思い」なんだよな)。特に2幕での権力への執着はコワイほど。結局、エビータは自分だけを愛していたんだなぁ。でも幕開けからそれは一貫していて、そうなることへの説得力がある。上流階級への激しい憎悪から民衆を愛したかのように見えるけれど(自分もそう思っていたのかもしれないけれど)、それがいかに欺瞞的なものであったかは、すでに「ニュー・アルゼンチーナ」の中に布石がある。大体「民衆を愛する」ということ自体が、自分を高みに置いた、民衆でない人のする行為だ。「エバ基金」で民衆が歌うリフレイン、「(金が)出ていく、出ていく、出ていく……」は文字通り、基金からばかりか、民衆から金が「出ていく」のであって、基金が莫大にばらまいた金が、結局民衆を素通りして資本に帰っていくことでもあるわけだ。副大統領へ執念を燃やすエバがいかに「お国のために」「祖国のために」「民衆のために」と言ってみせたところで、その言葉はただひたすら空虚に響く。やっぱりうまいよ、井上さん。「共にいてアルゼンチーナ」の最後、腕を立てて構えたまま、決意というよりも「覚悟」というべきか、どこか目が座ってるその不遜な表情がすごい。

 チェは、終始「コマンダー」というゲバラの意匠をまといつつ、「いいのかそれで!」と問い続ける。チェの回想でこの芝居が始まる通り、彼は「全て(の結末)を知る存在」でもある。この役回りは非常にはっきりしていて、それを芝さんが明確に表現している。エビータに最後の演説をさせる場面などは、地味だけれど秀逸だ。チェが少しあれこれ言葉で説明しすぎのような気もするが、エビータの物語そのものを共有できていない日本では、それでちょうどいいのかも。ラストシーンなどは、男声アンサンブルがちょっと弱すぎて(2階後ろだったからか?)、「髪、腕、顔……」という「レインボー・ハイ」のリフレインの不気味さが今一つだったし、チェの説明が入ってしまうのが少し興を殺いでしまって残念(映画が「字幕」で余韻を殺さずに追われるのは便利だと思う)。

 そのチェによって、随所でポピュリズムの怖さと、それに扇動される民衆の愚かさが明らかになる。その意味でこのミュージカルは現代的だし、「浅利的」でもあるのかなぁ。コフトゥンの「ラスプーチン」とは別のベクトルで描く民衆。それもこれもマイ主人公がチェになっちゃうせいもあるのだろうけど。だけど、今の日本で「エビータ」をやるのであれば、そこにこそ意義はあるのかもしれない。ポピュリズムとばらまき政策(福祉ではなく公共事業やら思いやり予算やらODAやらだが)で破綻していくのは、何も50年代のアルゼンチンだけではない。

 歌詞の訳語について。これも面白かったことの一つ。先の「今ぞ……」はともかく、「なるほどー」と思ったり、「えっ」と思ったり。「ブエノスアイレス」の「(私が持っているのは)ちょっとしたスターの素質よ!」が「ちょっと私はすごいよ!」になっちゃうのは面白かったなぁ。何がすごいんだか(笑)。いかにも「アバズレ」って感じじゃない、それじゃ。「スーツケースを抱いて」の「Don't ask anymore」が「オレは知らない」なので、追い出されるミストレスに対するチェ、だけではなく、「副大統領に」と願うエビータに対してペロンが冷たく突き放す印象になる。映画版の訳は「もうきかないでくれ」なので、そこに(ミストレスではなく追い出されるエビータに対する)チェ、ペロンそれぞれの相手へのほのかな痛ましさが感じられる。いくつも「うまいなー」という訳はあったけれども、「エビータとチェのワルツ」はうまい。「私があと100年生きられたら」を「100年かかって理想の国を作りなさい!」という、チェへの啖呵にしてしまうところはすごい。そしてチェは、理想の国を作りに海を渡り……彼も志半ばで死んでしまうわけだが。

 でも、いちばん心に残ったのが「ハイ・フライング」だったのは意外。中央の高みにドレス姿で座ったエビータ(ポスターになっているのがこのシーンとは)、その下にやはりひざを立てて座り込むチェ。映画ではたいして印象に残らなかったシーンだったし、しかもミュージカルの中でいちばん「動かない場面」なのにね。こんなにきれいなラブソングだったんだなぁ。いわゆる恋愛感情ではないけれど、チェはチェとしてのエビータへの愛情があって、しかしエビータの方は毅然としてそれを受けるだけ。この背筋の伸ばしっぷりがまたいい。美しい場面だったなぁ。

 アンコールの最後、エビータとペロンが上手に捌けていった後、チェは一人、舞台中央奥に立ち去りながら、ポーズをとってジャンプして見せる。それは、二人の権力者の退場の後、別の道に羽ばたいていくようで、なかなかに気持ちいい。

★「今ぞ日は近し」……♪たーてー、飢えたる者ーよ、今ーぞ日はちーかしー……♪

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