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【映画】ラジュー出世する

ラジュー出世する

アズィーズ・ミルサ監督/1992年作品/インド映画

 何を隠そう八十年代半ば、印度哲学なるものの勉強をしていた。ちょうどオカルトブーム、エスニックブームのハシリの頃で、映画といえばサタジット・レイや! という同級生に連れられて、眉間にしわなんか寄せて岩波ホールの『大地のうた』なんかを見に行っちゃ、やっぱりシャルミラ・タゴールはかわいいよね、なんてことをしていたわけだ。

 で、今月の映画はインド映画。といってもサタジット・レイでもミーラー・ナーイルでもない。インド映画といえば彼らの「芸術映画」しか公開されてこなかった日本でなんと四十二年ぶりにロードショー公開されるヒンディー娯楽映画、歌ありアクションあり何でもありのミュージカル。「週刊モーニング」で連載しているグレゴリ青山の「ひみつのマルグ印観光公司」で何度か特集されて以来、一度見てみたいと思っていたヒンディー映画にようやくお目にかかれた次第である。

 ストーリーはいたってシンプル。大学で建築を学んだ青年ラジュー(シャー・ルク・カーン)が一旗挙げようとボンベイに出てくる。だけどボンベイも不景気で失業者だらけ。やっと恋人レヌ(ジュヒー・チャーウラー)の勤めるゼネコンに就職するや、今度は社長令嬢(アムリター・シン)に気に入られてトントン拍子の出世である。それを快く思わない共同経営者親子と社長との陰謀にはまったラジューは、レヌの忠告も聞かず、どんどん裏の世界にはまっていく。が、ラジューを陥れるために工事中の橋が落とされ、友人たちが巻き込まれて死ぬにいたって、ラジューは共同経営者たちになぐり込む。最後は疑いも晴れ、レヌや町の仲間たちとの関係も元に戻り、想像通りのメデタシ、メデタシ。いやあ、わかりやすい。ヒンディー映画ファンの「字幕はなくても話はわかります」というのもナットク。

 この単純なストーリーで二時間三十九分、インターバル付きをもたせてしまう。その間何をしているかといえば、やっぱりミュージカルだけあって踊っているのだ。文字どおりシネマスコープいっぱいの群舞の踊りまくりである。例えばラジューの就職祝い(メイン・ナンバーの『Raju Ban Gaya Gentleman』)は、夜の通りを両手に花火を持った住民たちで埋め尽くしての狂喜乱舞。ラジューとレヌのデートでは、二人がお色直ししながら走り回る。それもセクシー描写に厳しいインド映画らしく、お約束通り「雨の中のTシャツ」付き(タモリ倶楽部かって)。

 セクシー描写制限といえば、ラジューがレヌを口説くナンバーだ。社長令嬢にもらった豪邸にレヌを招いて、大胆なドレスをプレゼント。服を贈る男は脱がせる下心も持っていると言ったのは和田慎二だったように思うが、「はんはんは〜ん、もう我慢できないのさ〜」「のんのんの〜ん、だめよさわらないで」と繰り返す。また庭先が何故かとってつけたような海岸のセットだったりして、漁業用の網をかぶってみたりとなかなか大変なのだ。これが延々続くのだが意外と飽きない。何しろ「キスは御法度」らしく、ラジューの唇がレヌの唇につくぞつくぞつくぞつくぞおおおおと思わせてふっとよける。手ももちろんオッパイなんて触ってはいけないから、いくぞいくぞの寸前で矯めて矯めて矯めて矯めてつうううっと避けて通る。この「間」というかわざとらしさというか、たまらんなぁ。

 それからアクション。見せ場は共同経営者の家になぐり込むシーンと、法廷で証言しようとするラジューとそれを阻止する男たちの乱闘の二カ所。アクションシーンだけでなくダンスシーンもだけど、不必要にスローになったりストップになったりするところがクサくていい。 

 グレゴリ青山が話の枕に『笛吹童子』を使い、松岡環が宝塚を引き合いに出すように、ミュージカルといってもハリウッドというより美空ひばりの大江戸ミュージカルや、クレージーの無責任映画に近い気がする。ヒンディー映画ファンが「その様式美を味わう」(グレゴリ青山)と異口同音に言うように、このワンパターンが楽しめるかどうかが好き嫌いを決めそうだ。これは「お約束映画」なのだ。だからラジューが実は女運がよかった以上の実力は何もないとか、どうしてほいほいと地位だの物だのもらっちゃえるほどノーテンキなんだろうとか、本当はラジューは完全無罪じゃないんじゃないか?とか、そんなことはどうでもいいのだ。水戸黄門の代官は何でみんな悪い人なんだろうなんて考えたってしょうがない。だがノーテンキなうちは楽しいのに、ラジューがシリアスなサスペンスになってしまうと俄然つまらなくなっちゃう、というのは困ったものだ。

 しかしこれはまさしく「大衆娯楽映画」だ。要は、映画館でポップコーン(インド流なら豆)食べながら、悪役が出てきたらブーイングと一緒にポップコーンもスクリーンに投げつけ、ヒロインの登場には口笛で応える、そういうために作られた映画である。他愛のないといってしまえばそれまでだが、見終わった後でなんとくほのぼのと、「らじゅうう ばんがや じぇんとおまんっ」歌いながらステップしてしまう、そんな映画。インドではこうした映画がなんと年間八百本も作られているという。映画は大衆娯楽なんだなぁ。日本の映画が忘れてしまったたくさんのことが、ここにはあるように思う。

 そして「ついで」のことではあるが、映画中のインドの生活ももちろん見逃せない。下町と上層階級の「階級差」。人々の着る物、食べる物、町の風景、若者の間でも生活の中に生きている神との対話……。もちろん「寅さん」がイコール日本の生活ではないように多少割り引かなくてはならないが、ラジューの兄貴分、口上師ジャイ(ナーナー・パーテーカル)の存在も含めて、興味を引く。

 今年はもう何本かのヒンディー映画がロードショー公開されるときく。ビデオなんかで見るよりも、映画館へGO! GO! なのだ。

 閑話休題。ジュヒーは三田寛子タイプでメチャかわいい。それにジュヒーにしろアムリターにしろ、あのどどーん、というオッパイもスゴイ。インドの美乳礼賛の古典的表現「象の頭のような」(ちなみにアジア象の頭は二コブ)が頭の中をチラチラしっぱなしであった。インドで「性表現の制限」っていうのは伝統的になじまなくないのかなぁ……。

(「月刊フォーラム」 97.8月号)

【補】「今年はもう何本か」の中に例の「踊るマハラジャ」があって、マサラムービーが大ブレイクしたのだが、この「ラジュー」はなぜか、マイナーなまま終わってしまった。グレゴリ青山がやたら引用されてるけど、この頃は他に気軽に読めるものも少なかったのよね(ちなみに「連載中」は当時。単行本になってます。面白い。こういう才能の人には単純に嫉妬しちゃうなー)。「マハラジャ」のおっさんよりはシャー・ルク・カーンの方がかっこいいと思うのだが。ナーナーとか。で、私自身は結局このあと、マサラムービーを観る機会なく、今に至っているのだった(上映時間長いんだもん)。残念。

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