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【映画】チョコレート

チョコレート

マーク・フォスター監督/2002年作品/原題「Monster's Ball」

 何でこんなに人が入っているのだろう。そりゃ、この不況の映画産業、たくさん人が入ってくれるにこしたことはないんだけど、何でこんなに、しかも「若い人」が入ってるんだろう? 「黒人女優」が初めてオスカーを取ったから? と、この映画を観たのはかれこれ二ヶ月も前のことだ。ミニシアター系とはいえ、まだ上映されているところをみると、それなりにヒットしているのだろうか。

 アメリカのサウス・ディープ、ジョージア州の片田舎。白人主義のマッチョ野郎ハンク(ビリー・ボブ・ソーントン)は、同じく白人主義マッチョ野郎の父と、彼から見れば弱虫でいくじのない息子ソニー(ヒース・レジャー)の三人暮し。代々刑務所の看守を務めている。黒人死刑囚マスグローヴの死刑執行の日、緊張のあまり吐いてしまうソニーをハンクは殴りつけ、黒人看守にまで暴言をぶつける。ソニーは翌日、ハンクと祖父の目の前で、銃で自殺してしまう。「僕は父さんを愛していたのに、父さんは僕を愛していない」と。

 ソニーが死んだ後、看守を辞めたハンクは、行きつけのレストランに新しく入ったウェイトレス、レティシア(ハル・ベリー)と出会う。ある土砂降りの夜、道ばたで泣き叫ぶレティシアの前をハンクの車が通りかかる。息子をひき逃げされたのだ。息子を亡くし、呆然とした彼女を病院から家まで送るハンク。レティシアの役に立とうと不器用に振る舞うハンクは、やがて、彼女の家で一夜を過ごした日、彼女の亡夫とは自分が刑を執行したマスグローヴだと知る……。

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 死の影が全体を覆っている。淡々と続くマスグローヴの死刑執行の描写。レティシアと息子との最後の面会、死刑を待つ間のソニーやハンクとのやりとり、執行のための身支度、そして執行(「デッドマン・ウォーキング」のような薬物注入によるものではなく、「伝統的」な電気イスによるものである)。そのいかにも業務然とした進行。自宅で「最後の電話」を待ち続けるレティシアと息子。まさに「カウントダウンされる死」というものをみせつける。翌朝のソニーのまったくあっけない死。さらに前触れもなくひき殺されてしまうレティシアの息子。自殺したとほのめかされるハンクの妻と母。マッチョぶりをいかんなくまき散らしながらも、老いていく身体をさらすハンクの父。そして「生きている死体」のように漂うハンク自身。

 印象的なのは、血を拭い続けるハンクである。ソニーが自殺したイスの血を洗剤で洗うハンク。レティシアのハンドバックについた息子の血を拭うハンク。そして自分の車の後部座席についたレティシアの息子の血を洗い流すハンク。それらは非日常的な行為に見えながら、実のところまったく日常的な行為であるというふうに、淡々と行なわれる。汚れたものは、洗わなくてはならない。理由は非日常的であっても、後かたづけは日常に属する。死の後始末も例外ではない。処刑後の後かたづけが「日常」であったように。

 そうした生活の中で、レティシアとのセックスが、非日常的な生命をハンクに感じさせる。レティシアは「大切に扱われたい」と切望し、ハンクは失ってしまったソニーの代わりに「大切にする」対象を得る。かつて、黒人が庭を通ったといっては銃で威嚇し、何かと言えば声を荒げ、恫喝することで自らの正しさを表現してきたハンクが、ソニーが友人づきあいをしていた黒人にあいさつをし、「ソニーのように」おどおどと話す。が、優しく控えめになったところで、結局マッチョはマッチョなのだ、本質的に。ハンクは父と息子との間を揺れる、振り子でもある。

 レティシアの車が故障すれば、ソニーの使っていた車をプレゼントする(前触れもなく)。家を訪ねてきたレティシアが父に侮辱されれば、いきなり父を老人ホームへ入れてしまう(父にもレティシアにも相談せずに)。レティシアが家賃が払えずに立ち退かされると知れば、自分の家に迎える用意をし、トラックで乗り付ける(彼女の意向は聞かずに)。看守を辞めた退職金で買ったガソリンスタンドに「レティシアの店」とか看板をつけてしまう。もちろんレティシアには内緒で。すべて、彼女が喜ぶと決め込んで。ちょっとは人の意見も聞けよ!

 この「自分がよかれと思ったことは全部正しい」てのはホント、ソニーが死んで変わったように見えた彼の本質が、実はたいして変わっちゃいないよ、てことなのだ。

 この映画の原題は「モンスターズ・ボール(怪物たちの宴会)」。映画の中で語られるところによると、死刑執行の前夜に行なう看守のパーティのことだ。映画の最後、ハンクの家にレティシアが越してきた夜、ハンクがチョコレートアイスを買いに出ている間に、レティシアはハンクが夫の死刑を執行した看守であることを知ってしまう。泣き叫び、わめき続けた末に放心したように立つレティシアに、帰ってきたハンクは無邪気に言う。さあチョコレートアイスを食べよう。玄関の階段に座ってアイスを食べながら、レティシアが見ているのは庭に立つ三つの墓標だ。ハンクの母と、妻と、息子、三人の自殺者。ハンクはまだ気づかない。「ぼくたち、きっとうまくいくよ」。ああ、男ってのはなんて気楽な生き物なんだ。この奇妙な晩が「モンスターズ・ボール」なら、次に処刑されるのは誰?

 二人の間の深く暗い川にレティシアは気づいた。ハンクはまだ気づかない。

(季刊運動<経験>7号 2002.11)

【補】この後、天野恵一とこの映画をめぐって論争があったのだが、もはや何が論点だったかも忘れてしまった(笑)。だみだこりゃ。レティシアが望む「大切に扱われる」の中には、自分の意志を尊重されるというのもあったはずなのだ。でも確かに「あんたのためを思ってやってる」ことが全部正しい、というのは男でも女でもアリなんだけどね。

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