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【バレエ】雑記帳 (7)  極私的シヴァコフ狂走曲06夏

 前橋へ行こう、と思ったのは、かなり唐突だった。入間、小平と両プログラムは早々と押さえたものの、ほかに見られる場所はないかと検討はあれこれしていた。いちばん可能性がありそうなのは裾野だったが(休日だし)、3連休まるごといなくなると、ミニコミの発送の方に支障が出る。山梨も何とかなりそうだが、日帰りとなるとちょっとキビシイかも。とまああれこれ考えて、半ばあきらめていたのだ。

 それでも唐突に前橋へ行こう、と思ったのは、自宅からの交通の便がよいこともあったが、それが初日だったから。誰よりも早く、彼(ら)を迎えたかった。ひとりで静かに彼の舞台に向き合ってみたかったのだ。休暇が取れるかどうかがネックだったのだが、これは行けるぞ、と思ったのは木曜日。会館に電話をしてチケットの有無を確認し、休暇届を出して「明日休みます」(←ひでぇ)。そして金曜日。昼前に会館のサイトで、当日でも電話でチケット予約ができると気がついたので、早速電話を入れる。「3時45分までにおいでいただければ、公開レッスンがご覧になれますよ」。は? 昨日言えよ、それは! 入間に来ていくシャツにアイロンをかけようと思っていたのをうっちゃらかして、荷物をひっつかんで飛び出した。


 こういう時に限って、湘南ラインが遅れる。埼京線から高崎線に乗り継いで、ようよう座る。昼飯を食い損ねた。終点で降りればよいので、ガンガン寝る。二眠りした後、かばんの中にあった携帯栄養食をぽりぽりかじりながら、バスで全国を回る彼らのことを考える。都心と、それから少し離れたところと、彼らが行くであろうもっと離れたところと、バスの中から眺める彼らは、この格差をどう感じているのだろうか。確かにロシアの地方格差に比べればたいしたことはないのかもしれない。それでも、と再び水田の広がる光景を見ながら思う。そうやってバスの中から眺めているのであろう日本の「自然」が好きだ、と言うシヴァコフはやっぱり嬉しい。通い慣れた有楽町や渋谷、京都や寺でなしに、そこでいきなり「鳥取」だもんな。案外「アーティスト」としてはこういうヤツの方が、最終的には強いのかもしれない、と思う。

 彼らのバスも都内の渋滞で遅れ、リハーサルは「バーの組立」から見ることになった。ぎりぎりになって現れたシヴァコフを見た第一声が「な、何者だ、お前は!(笑)」(←声に出しはしなかったけど)。ゆうべカーラーで巻いたかのようなくるんくるんの長髪。予想していなかっただけにさすがにたまげた。何人かが走馬灯のように頭の中をよぎる。ロック歌手。まるで似合わないパーマをかけちゃった時の曽我部和恭。ライフセーバーもののオーストラリア製テレビドラマに出てくる救援ヘリのパイロット。

 見慣れたカシオのCMから比べても、体がまったく違う。上腕から胸にかけてと大腿の筋肉が段違いだ。そのせいか、全体に一回り大きくなったような気がする。髪形のせいもあるのか、顔つきも大人になった。さすがにもう「少年」とは呼びがたいな、と思う。美しくなった。「ディレクターズカット」版の最後のショットで「おや、この子はフォーンだったのか」と思ったのが「ケンタウロス」くらいには成長したのか。「美しい」という言葉が臆面もなく使えるようになろうとは思ってもみなかった。プレーンなバーレッスンだけに動きそのものの美しさもよくわかる。それでも一人だけシードロフの話を聞かずに壁に鉄砲打ってるわ、ホールに響き渡るような音で首はならすわ、中身は変わっちゃいねぇよ、コイツ。

 初日、ということも、東京でない、ということもあったのかもしれない。見慣れない髪形のせいかもしれない。この日のシヴァコフは妙な見得の切り方をして、私をむっとさせた。「ほお、そういう笑い方もできるようになったか」と思わせるような「営業笑い」もしてみせた。どこか「全力じゃないね?」という印象もあった。「大人になる」というのはそういうことも含んでいるのだな、とわかりつつも、やはり喪失感はあった。当然のことながら私が「応援する」もなにも関係なく、コイツは大人になり、人気が出、立派なダンサーになるのだろう。とにかく立派に「座長」相応の務めを果たしたことを喜んでやれよ。前橋駅の階段を駆け上がり、池袋行き直通各駅停車にぎりぎりで飛び込む。夕飯を食い損ねた。23時半、池袋駅着。

 入間、小平と、彼もカンパニーも調子を上げていった。入間では前日のあざとさがやや抜けて、かなり「らしく」なっていた。けれど、いつものように彼自身がすこん、とこちらに入ってきたのは小平の「竹取物語」だった。入水しようとしたかぐや姫を助ける場面。「帝」という地上の権力者の、初めての恋。初めての「意に染まぬ女」と「意に染まぬ運命」。いらだち、もどかしさ、憤り。思い余って手を上げる。ひっぱたいてしまってから「あ、やっちゃったよ、オレ」。ああシヴァだ、と思った。素に近い「グランパ」や「パキータ」に比べて、「帝」という役がむしろ彼の内部を引き出していたのかも知れない。かぐや姫の「夫」となる資格を与える(と、初演時のプログラムには解説されている)「天上の鐘」が響く。その音に天を見上げる。あまりにも切ないその表情は、この夏のいちばんの贈り物だった。

 今までの、特に夏ガラでの彼の踊りは「拝啓ご無沙汰しましたが僕も益々元気です」といった調子で、こちらも「ああ今年も彼は元気なのか、よかったよかった」といった案配だった。彼にはどこか「いいからオレを見ろよ」という部分があって、こちらがどっぷり疲れている時でも「あー、まああんたが元気でにこにこ笑ってんだから、たいがいなんとかなるわなー」という気分にさせてくれる。

 時折思い出す、ひとつのエピソードがある。インディカ・ギャラリーでのジョン・レノンとオノ・ヨーコの出会いの有名なエピソードだ。ジョンがヨーコの展覧会(の確か準備中の日)で、天上からぶらさがった虫眼鏡をみつける。脚立に上って天上に小さく書いてある文字を虫眼鏡で読むと、そこには「YES」と書いてあった。「もし「No」と書いてあったら、自分はすぐに出ていっただろう」というジョンの話。

 多分、シヴァの中には「YES」がいっぱいにつまっている。仔犬のしっぽが「楽しい」と「うれしい」ではちきれそうなのと同じように。踊りに対する「YES」。人生に対する「YES」。自分自身に対する「YES」。それが、こちらの中にある暗い気持ちや疲れを吹き飛ばしてくれるのだろう。「若けりゃいいってもんよ」。そう、魅力はいつでもエネルギー過剰。若さという特権はいつまでも持ち続けられるものではもちろんないけれど、もう少し楽しませてもらえるかなー、と思ったり。一方で、本人が「イメチェンしたい」と思ってるな、ということも感じたし(ちょっと方向があさってだったけどな)、いつまでも「ピュアな少年」と呼ばれるのも本意ではないんだろうな、と思ったり。難しい年ごろなのかねぇ。あちらも、こちらも。

*ロック歌手 マーティ・フリードマン(笑)。考えたらこの人のステージ(映像含む)はほとんど観てないけど、「英語でしゃべらナイト」とかで見る分には好きだったりする。先日の同番組「黒船特集」では、ライブの時に「日本の客は暴れてないでちゃんと聞いてる」と言ってカンドーしていた。そういうものか。
*フォーンとケンタウロス あの最後のショット(横顔)が、妙に長い巻角が似合いそうだったもので。イメージとしてはナルニアシリーズの挿し絵だけれど、「ファンタジア」の「田園」でも可。ちなみに「ネオ・ファンタジア」の「牧神の午後への前奏曲」に出てくるパーンは色ボケのジジイ。
*若けりゃ〜 from「若けりゃいいってもんよ」byランキン・タクシー。♪若けりゃいいってもんよ/魅力はいつでもエネルギー過剰/若けりゃいいってもんよ/みなぎる欲望コントロール不能/……/やることなすこと若気のいたり/……/暴走すればどこかに出口/恐れを知らず疲れを知らず/経験不足とかく無分別/可能性だけは天井知らず/……

(06.10.3)

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