フォト

最近のトラックバック

Amazon Search

無料ブログはココログ

« 【バレエ】ロミオとジュリエットキャスト表(09.5.22/23) | トップページ | 【バレエ】「ジゼル」キャスト表(09.6.13/14) »

【映画】懺悔

懺悔

テンギズ・アブラゼ監督作品 1984年 カラー ソビエト(グルジア)


 84年制作のグルジア映画。「ソビエト全土の公開でも記録的な大成功を収め、「パカヤーニエ(ロシア語題名)現象」と呼ばれるに至った。その社会的反響は1991年のソビエト連邦解体にもつながるペレストロイカ(改革)、グラスノスチ(情報公開)の象徴となった」と、解説にはある。

 とある架空の街。市長(アフタンディル・マハラゼ)が死に、その形式張った葬式。ところが翌日、掘り返された市長の死体が自宅におかれる。埋めても埋めてもまた掘り返され、それが幾度か繰り返された後、犯人として逮捕されたのはケテヴァン(ゼイナブ・ボツヴァゼ)という一人の女性。裁判で彼女が語る、両親の物語。


 8才のケテヴァン、画家の父サンドロ(エディシェル・ギオルゴビアニ)と美しい母ニノ(ケテヴァン・アブラゼ)。サンドロが古い教会の保存をめぐって市長に陳情に行ったところから家族の運命は狂い始める。市長は、サンドロを「無政府主義者との密告があった」と逮捕し、その粛正の手はサンドロの師ミハイルに、さらにはニノに伸びる。

 無実の人々のために、市長の遺体を掘り返し続けると宣言するケテヴァン。公のためには少数の犠牲は仕方がないと言い切る長男のアベル(アフタンディル・マハラゼの二役)。偉大だと思っていた祖父の独裁者としての側面にショックを受けるアベルの一人息子トルニケ(メラブ・ニニゼ)は、ケテヴァンを有罪にしようと手を尽くす両親と次第に対立していく……。

 初めて見る映画、初めて見る監督なのに、何とはなしに既視感を感じるのはなぜだろう。

 ケテヴァンの語る過酷な物語と、その状況とは裏腹に美しく幻想的な映像と、寓話めいた「現実」。それらに目を奪われがちではあるけれど、心の中に重く残るのは、アベル・トルニケ・ケテヴァンの差し出してくる、現代に普遍的な問いかけだ。

 「公」とは何か。国家の安定と個人の幸福。「過ちはあったが、国の大事業は犠牲なしには遂行できなかった」というアベルと、「公務員だって結局は個人じゃないか」というトルニケの対立は、トルニケの若者らしい性急な純粋さで悲劇に終る。二人のやりとりは決して長くはないが、トルニケの正しさをアベルは知っている。知っているが故にトルニケを威圧し、自分だけの地下室で「懺悔」を行うのだ。子どもだったころにケテヴァンに教えられた通り、彼女の家から押収された十字架とサンドロの絵に囲まれながら。父と息子にはさまれた彼の揺らぎこそが、この映画の眼目であるようにも思われる。

 そしてケテヴァンの証言によって描かれる、スターリン時代を思わせる社会。しかしこの密告と監視による管理社会は、スターリン時代のみのものなのだろうか。時代背景に目を奪われると見えなくなるものがちりばめられてはいまいか。

 寓話的意匠は数多く出てくるが、むしろキリスト教的知識があるほうが楽しみが多いかもしれない。そしていかにも殉教者的風貌のサンドロは……時々トニー・ラズロに見えるんだよなぁ(笑)。

’初出「インパクション」168号 2009.4)

 公式サイト
 綾瀬川的生活の記事

 【補】方法論的に、ぢぶんは「今のぢぶんの生きている社会にひきつけて考える」という手法を採ることが多いので、ここでもそのように書いています。特に日記の方に書いたのはそう。「寓意」というのはそういうものだと思うから。(09.6)

« 【バレエ】ロミオとジュリエットキャスト表(09.5.22/23) | トップページ | 【バレエ】「ジゼル」キャスト表(09.6.13/14) »