フォト

最近のトラックバック

Amazon Search

無料ブログはココログ

アジア・太平洋戦争

【映画】花と兵隊

花と兵隊

松原要樹第1回監督作品/2009年/106分

 アジア・太平洋戦争後に戦地からかえらなかった、いわゆる「未帰還兵」。この映画は、ビルマとタイに住む六人の未帰還兵をめぐるドキュメンタリーである。自分にとっての未帰還兵といえば、横井・小野田両氏だったり、水島上等兵だったり、「ムルデカ」だったりしたのだが、自分のそうした知識とイメージの粗末さを反省した次第。

 六人が日本に帰らなかった理由はさまざまだ。帰ると戦犯になってしまう人、そもそもブラジル移民だった人。その決断はそれぞれに重かったのだろうが、それでもそこから感じるのは、今、二〇〇九年のビルマと日本からはちょっと想像しがたいような「地続き」の感覚だ。一九四五年当時のビルマと日本に時間を巻き戻してみるには知識と想像力が必要だが、今の感覚だけではかると見誤ることも多いだろう。


ぼくと「未帰還兵」との2年8ヶ月 「花と兵隊」制作ノートBookぼくと「未帰還兵」との2年8ヶ月 「花と兵隊」制作ノート


著者:松林要樹

販売元:同時代社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


続きを読む "【映画】花と兵隊" »

【映画】桃太郎 海の神兵


監督・脚本・演出/瀬尾光世 1945年作品 松竹 白黒 74分

叙情が戦意を昂揚する

 いいかげん、たまったビデオを整理しようとラベルのないテープを再生したら、いきなり荻昌弘が出た。びっくりした。土曜ロードショーの枠で「桃太郎 海の神兵」を放送したときのものだった。瀬尾光世と手塚治虫の座談会がついていた。すごいな。CMから推測すると八七年の放映。ううむ。ちなみに私は戦後五十年企画として映画館で観ている。

 さて、本編の方は、海軍省に委託され、後援を受けて制作されたアニメーション。冒頭に「メナド降下作戦に参加せる海軍落下傘部隊将士の談話による」とある。敗戦時に焼却されたと言われていたが、後にネガが発見され、八四年に再公開された。

 字幕が消えるといきなり富士山。のどかな山間の農村に、雉、犬、猿、熊の水兵たちが帰郷していく。あくまでも美しい田園風景。四人(匹?)はまず村の神社にそろって拝礼をすませ、それぞれの家に帰っていく。熊の家では年老いた両親が端午の節句の用意をし、犬の両親は畑仕事に精を出している。


続きを読む "【映画】桃太郎 海の神兵" »

【映画】GAMA−−月桃の花

GAMA——月桃の花   
監督/大澤豊 1996年作品

 アオリ文句のひとつは「沖縄の”平和の礎”を映画化」だった。確かに「平和の礎」が大田=平和=県政の象徴だとするならば、その通りの映画であった。

 沖縄に一人の青年が降り立つ。沖縄生まれの母と米兵の父を持つジョージ(川口慈英)が、祖母・宮里房(玉木初枝)から自分のルーツを聞くためにアメリカからやってきたのだ。彼は偶然出会った糸数文子と二人、祖母を訪ねる。文子は「平和の礎」の刻銘のために聞き取り調査をしているのだが、房は自分の体験を語ろうとしなかった。

 物語は入れ子になっている。「平和の礎」をめぐる現在(一九九五年)の中に、房の語る沖縄戦の物語——パンフレットによると、以前より演劇としてあった「洞窟(ガマ)」——がすっぽりとはめこまれている。この二つの部分の違和感は、房役の玉木初枝(現在)から朝霧舞(過去)、もう一度玉木へ、という転換の際の演出的・技術的なものだけではない。現在を創る力のあやうさ、あやふやさである。

Book沖縄戦 ある母の記録―戦争は親も子も夫も奪ってしまった…

著者:安里 要江,大城 将保,石川 真生
販売元:高文研
Amazon.co.jpで詳細を確認する

続きを読む "【映画】GAMA−−月桃の花" »

【映画】ホタル

ホタル
監督/降旗康男 2001年作品

「感動した!ありがとおおっ!」が聞こえてくるよな、やっぱ

 桜島の見える海でカンパチの養殖を営む元特攻隊員の山岡(高倉健)と腎臓透析を続ける妻の知子(田中裕子)。「昭和天皇」が死んだ日、山岡の部下で今は八甲田に住む藤枝(井川比佐志)が突然、知覧の特攻平和会館から山岡の家に電話をかけてくるが、行き違いになる。そして「大喪の礼」の日、藤枝は八甲田山で自殺する。「特攻の母」と言われた富子(奈良岡朋子)は老人ホームへ入りたい、と言い出し、山岡に、山岡と藤枝の上官であった金山少尉(小澤征悦)の遺品を遺族に届けて欲しい、と頼む。金山少尉は本名キム・ソンジュという朝鮮人の特攻兵であり、知子の許嫁でもあった。しぶる山岡だが、知子の命があと一年余りと聞いて、二人で韓国へ行くことを決意する……。

 とまあ、こんな「現在」(と言ってももはや十年前だなぁ)を軸に、藤枝の孫、真美(水橋貴己)にオトナたちがそれぞれに語る回想が織り交ぜられながら、物語が進む。

 いやもう、泣き所満載! 半分も行かないうちからそこいらで鼻すすりまくってる音が聞こえてくる。藤枝が特攻平和会館で見る(という設定の)ショパンの「別れの曲」をバックにした特攻機の出撃−特攻−どんどこ撃ち落とされていく実写フィルムあたりから始まって、富子の語る「ホタルとなって帰ってきた特攻兵」だとか、「金山少尉の所へ連れてって!」と特攻機に突っ込む知子だとか、金山少尉が最後の晩に歌うアリランだとか、「不器用ですから」な健さんとか、好きなだけ泣いてくれえ! てなもんだ。

ホタル [DVD]DVDホタル [DVD]

販売元:東映ビデオ
発売日:2002/02/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する

続きを読む "【映画】ホタル" »

【映画】男たちの大和/YAMATO  

男たちの大和/YAMATO  
監督/佐藤純彌 2005年作品 東映/角川春樹事務所

かくて消費されるツッコミなき「泣ける映画」

 二〇〇五年、四月。枕崎市の漁協に「大和の沈没地点まで船を出してくれ」という女性、内田(鈴木京香)が現れる。元大和乗組員で、現在は漁師の神尾(仲代達矢)は、彼女がかつて自分をかわいがってくれた上官・内田二曹(中村獅童)の娘と知り、一五歳のアルバイト漁師・アツシと共に船を出す。特別少年兵として一五歳で志願、後に大和乗組員となった神尾の語る、大和の物語が始まる……。

 この二年ほど、舞踊関係の文章をぽそぽそと書き、読みながら痛感したことがある。それは舞台であれ映画であれ、見るということは作り手・受け手の共同作業であって、受け手が自分の中に存在しない「物語」を見いだすのは、なかなかに困難だということだ。「新しい物語」を受け入れられないというのではない。ぼつん、ぼつんと置かれたちょっとしたとっかかりから、未知の物語を展開していくのは、受け手にその気がなければ難しい。あらかじめ持っている自らの参照項の中から選んでわかりやすい物語として読み解くのもまた、受け手の作業なのだ。

男たちの大和 / YAMATO [DVD]DVD男たちの大和 / YAMATO [DVD]

販売元:東映
発売日:2006/08/04
Amazon.co.jpで詳細を確認する

続きを読む "【映画】男たちの大和/YAMATO  " »

【映画】プライド——運命の瞬間(とき)

プライド——運命の瞬間(とき)
監督/伊藤俊哉 1998年作品 

「大東亜戦争正当化」失敗作の悲喜劇

 裁判冒頭、法廷から引きづり出される大川周明が抵抗しながら叫ぶ。「It's a comedy!」

 まったく、出来の悪いコメディを見せられているようだった。散漫な構成、活かされない役柄、不十分な説明、そして津川雅彦のオーバーアクト。「東条がのり移った」といわれた津川の演技だったが、例えば法廷で松岡洋右の死を知らされる場面、あるいは「ただ一人特攻隊となって闘う」という有名な場面での過剰さは、悪い冗談みたいなものだ。パル判事の私生活部分も、せっかくインドロケまでして、かえって話を散漫にさせている。若い恋人たちも、背負わせたい役割は理解できるが、そのように活かされてはいない。観客が「これはこういうふうなことを描きたかったんだろうなあ」などと思いながら観るようではまずかろう。また、どこの国が参加していたのか、死刑囚以外の判決はどうだったのかという基本的な事柄、「天皇免責」をめぐる連合国相互の確執もほんのアリバイ程度で、東京裁判の本質・全体像を描くという点でも未消化に終わっている。


続きを読む "【映画】プライド——運命の瞬間(とき)" »

【映画】TOKKO 〜特攻〜

TOKKO 〜特攻〜

リサ・モリモト監督/カラー/89分/2007年度作品/米日映画/原題「Wings of Defeat」

 監督のリサ・モリモトは、渡米した日本人を両親に持つ日系二世。リサは亡くなった自分の叔父が特攻隊員であったと知り、自分の中の「カミカゼ」のイメージと叔父の思い出との違和感から、日本で特攻隊の取材を始める。ニューヨーク育ちのリサは、周囲のアメリカ人と同じように、カミカゼのことを「喜んで自爆する狂信者」だと信じていた。一方、プロデューサーのリンダ・ホーグランドは、日本生まれ、日本育ちのアメリカ人。特攻隊は「喜んで自らの命を捧げた無垢な犠牲者」だと信じていた。この二人が、そのどちらでもない「等身大」の特攻隊員の姿に迫ろうとする。この映画はそのドキュメントである。

 インタビューに答えた元特攻隊員は四名。全員が百里ケ原航空隊で訓練し、四五年三月に特攻の命令を受けている。学徒出陣で入隊し、二度出撃するも、二度ともエンジントラブルで帰還した江名。ベテランパイロットで教官でもあった浜園と、浜園機の偵察員で予科練出身の中島の二人は、目標の米艦隊に到達する前に敵機との空中戦を展開、帰還する。やはり学徒兵の上島は、出撃命令を受けぬまま、訓練中に敗戦を迎える。


TOKKO-特攻- [DVD]DVDTOKKO-特攻- [DVD]


販売元:ポニーキャニオン

発売日:2008/03/19
Amazon.co.jpで詳細を確認する


続きを読む "【映画】TOKKO 〜特攻〜" »

【映画】パール・ハーバー

パール・ハーバー
マイケル・ベイ監督/2001年作品

リベンジせずにはいられない人々の群

 米陸軍航空隊のレイフ(ベン・アフレック)とダニー(ジョシュ・ハートネット)は兄弟同然に育った幼なじみ。健康診断でレイフは看護婦・イヴリン(ケイト・ベッキンセール)に一目惚れする。強引に口説き落としてまずはハッピーな日々。しかし、レイフが志願していたイギリス空軍への参加が認められ、レイフは一人イギリスへ。ダニーたちの隊もイヴリンたち看護婦も、オアフ島へ移動となる。しかしダニーたちに届いたのは、レイフの戦死の知らせだった。お互いを慰めあっているうちに、いつしかいいムードになっていくダニーとイヴリン。

 ところが! そこへ帰ってきたのが死んだはずだよレイフ君。いやあ、困った。二人で一晩殴り合って、明け方の空に見たものは、空を埋め尽くすかのように飛来する日本軍のゼロ・ファイターなのだ!

 飛んで帰った二人は仲間の援護で果敢に応戦。しかしほとんど為す術もないままに、真珠湾は壊滅状態になるのだった。

 しかあし! ここで映画は終わらない。三人とも無事だったところで、三角関係はどうすんじゃいと思いきや、ダニーとレイフはドゥーリトル隊長の元、極秘任務に入る。なんと東京爆撃作戦じゃあ! レイフとダニーは空襲に成功したものの、中国(?)に不時着。日本兵に襲われてダニーは戦死。今度こそ恋人の死体を確認したイヴリンは、レイフと二人、ダニーの息子を育てるのであった。

 いやあ、長い。3時間である。あらすじだけで二枚近くかかっちゃった。で、感想。

パール・ハーバー 特別版 [DVD]DVDパール・ハーバー 特別版 [DVD]

販売元:ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント
発売日:2006/01/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する


続きを読む "【映画】パール・ハーバー" »

【書籍】学校は軍隊に似ている——学校文化史のささやき

新谷 恭明著 /出版 : 福岡県人権研究所/発売 : 海鳥社/2006.3/1200円+税

 機関誌に連載されたコラムなので、広く浅いトリビア集といったところ。「蛍の光」の3番とか、教育塔とか、戦時中の皇民化教育問題や教育基本法問題に首を突っ込んだ人間なら、大体聞いたことのある話題が多いけれど、それでも「へえ」という話も入っている。ま、とてもお手軽でそれなりに面白かった。この手の話の初心者向けとしてはよくできてます。114ページだからすぐ読めるしね。

 1886年に森有礼文相が制定した「師範学校令」にある教師の必要気質「順良・親愛・威重」すなわち「上には無批判に、互いに守り合い、子どもや保護者にはえらそうに」という人材養成のモデルを軍隊に求め、そのシステムを師範学校教育に採用した……というところから、この本は始まる。例えば「気をつけ!礼!」、学生服、寄宿舎生活の管理徹底(曰く「頭髪、着るもの、持ち物、食べるもの、掃除の仕方……」どこかで聞いたよね)などがどのように導入されたか、とか。

 特に面白かったのは、修学旅行の始まり。「軍隊に倣って行軍旅行を為すべし」で始まったものが、師範学校の教員たちの意地でどのように変節したか、そしてさらに生徒たちがそれを骨抜きにしていった過程がなかなか楽しい。いやー、人間ってなんやかんやいってもそんなもんよね、というのが救いだな。

 それにしても学生というものは、古今東西を問わず、枕を見れば投げるものなのかいね? 「ファントマ電光石火」でも、寄宿学校にいるエレーヌの弟が、舎監をからかったあげく大規模な枕合戦をやって停学になる場面があったけど(で、エレーヌが連れ歩いている間に、ファントマに誘拐されちゃうというわけ)。修学旅行が始まっていくらもしない間にもう、「枕を投げるな」だもんな。さすがに中国にあるような陶製の枕だったら投げないんだろうけどなー(←後が大変)。

 ……いちばん印象に残ったのが「学生と枕投げ」じゃまずいよな、多分(苦笑)。

(「綾瀬川的生活」2006年9月30日)

*日記ページからの抜粋です

Book学校は軍隊に似ている―学校文化史のささやき


著者:新谷 恭明

販売元:福岡県人権研究所
Amazon.co.jpで詳細を確認する


【書籍】戦後世代の戦争責任

田口裕史著 樹花舎/1996年8月/1500円+税  

「非道な事実そのもの」に真面目に向き合う本

 「田口さんはまじめだなぁ」。嫌みでなく、素直にそう思った。この本の中でも幾人かが漏らしているが、私もまた、「戦争責任をうやむやのままにしているということにおいて戦後責任を負っている」と単純に割り切ろうとし、そうすることによって戦争責任と自分との直接の関係を問うことを保留し続けてきたクチだったから、彼の、戦争責任と真っ向から向かい合い、解きあかそうとする姿勢に素直に感心してしまったのだ。

 本書は1963年生まれの著者が、「戦後世代」にとって「戦争責任」とはどのようなものなのか、罪と責任について、謝罪と反省について、「責任」という概念自体の分類・整理をしながら緻密に論じたものである。ちょっと理論的過ぎるかな、と思うところもないではなかったが、戦後補償運動を担うなかで直面する様々な問いかけに対して、いわば「走りながら考えた」これらのことは、いくつもの手がかりを含んでいる。

 著者は「戦後世代」を「私とその同世代およびそれ以降の人間」と定義づけている。一般的に使われている範囲設定ではない。しかし、「はじめに」の冒頭に書かれている文章で、著者と同世代の私には腑に落ちるものがあった。

 「子どもの頃の私にとって、戦争とは、映画やテレビ画面の中に存在するものでしかなかった。ベトナム戦争に関わる記憶も、かすかに残ってはいるが、とうてい『自分のこと』であったとは言えない。/だから私は、同世代の多くと同じように、戦争から遠く離れて生まれて育っている」

 かつて「戦争を知らない子どもたち」を歌った世代(全部とはいえないまでも)はリアルタイムのベトナム戦争と向かい合った。けれど、「戦後の混乱」もGHQも朝鮮戦争もベトナム戦争も「自分のこと」ではなかった世代の「戦争」というもの——「アジア・太平洋戦争」だけではなく一般名詞の戦争をも含めた——との距離感を、著者の定義は表しているように思う。この距離感から派生するものは様々だ。本書の冒頭で検討される高市早苗議員の発言も、現在論議されている藤原信勝の「自由主義史観」なるものも、それと無縁ではない。藤岡自身は戦中生まれであり、その支持者も「戦後世代」ばかりではないが、彼の「日本人であることに誇りを持てるような教育を」という主張とその根拠とする若者たちの姿は、そこを突いている。

 この「戦後世代」たちは、直接の戦争の当事者でなく、被害の経験すら持たないゆえに、日本のおかした(戦争)犯罪を認め、追及していくことができる、と可能性を込めて言われたこともあった。同時に、藤岡式に言えば自国の歴史に誇りを持てずにしょぼくれている若者でもある。私の実感では「戦争だから仕方ないじゃん」と「見るとかわいそうだから見ないの」とが双璧だ。どっちみち「他人事」でしかない。

 藤岡は、日本近現代史の前に後込みする人々に、歴史の臭いものにふたをし、明治期の評価を「修正」することで、「日本人としての誇り」を取り戻そうと言う。昨年末、著者を招いて行なわれた討論集会でも、「日本人としての連続性」は論点のひとつとなった。田口は「罪」と「責任」、本書で言えば「罪に近い責任」=直接の行為と「義務に近い責任」=主権者としての責任とを整理し、議論を明確化している。そして「反省」を「その過ちがどうして行なわれたのかを検証し、繰り返さないための方法を探る」(実際にはもっと細かく定義づけられているが、うんと端折っていえば)と定義づけ、「謝罪」と区別することによって、自ら(と「戦後世代」)に引き寄せている。また「日本人だから罪がある」式の論議、その裏返しである「戦後補償によって日本人としての誇りを」という論議に対しては、民族主義の落とし穴に陥る可能性を指摘する。その上で彼自身は、戦争責任があろうがなかろうが「行なわれたことが非道だから責任を担う」ことを根拠とし、人間として「非道な事実そのもの」に向き合い、それを自らのこととして「反省」していく方法を探ろうとする。その作業は、藤岡の言う「自虐」とは全く反対のものである。

 本書を書いている時点で、著者に「自由主義史観」なるものへの明確な意識があったかどうかは、時間的にいってわからない。が、意識的にかどうかはともかく、それを撃ち崩すための様々な示唆が、本書には盛り込まれている。今回、全く偶然に藤岡の著書と平行して本書を読み返しながらそう思った。

 また、運動とは関わりのない同世代の友人と話すときに私が時折感じるいらだちめいたものと、ある種同質な感情を著者も持ったことがあったのだろうと思わせる箇所もいくつかあった。本書全体が、「戦後世代」の持つ戦争あるいは「戦争責任」との距離感、さらにはささやかな異議申し立てを含めた「運動」との距離感を埋める試みともいえるのではないだろうか。

 本書の後半には、彼が実際に関わっている朝鮮人BC級戦犯を支える運動の中での体験、当事者の人々や韓国の若者との交流、「戦後50年」の年にイギリス、ドイツを訪れた際の報告などが載せられており、どちらも「戦争責任」を考えるうえでの手がかりとなる。巻末にはテーマ別のブックガイドがあり、結構便利だ。

 蛇足ながら、本書の出版後、さる新聞で田口と高市の公開往復書簡が企画され、実際に何度か書簡のやりとりがあったそうだ。残念ながら企画自体がボツになったそうだが、これもぜひ読みたい。

初出:「月刊フォーラム」1997年4月号

【補】最近のいろいろをみるにつけ、今こそこの本が必要なんでないかい? と思って取り急ぎ、アップしました。田口さんのサイトもなかなか資料充実です。藤岡本人は最近聞かないけど、自由主義史観グループは、今度は「沖縄の集団自決はまぼろしだった」とか相変わらず元気にやってるし。

Book戦後世代の戦争責任

著者:田口 裕史
販売元:樹花舎
Amazon.co.jpで詳細を確認する

より以前の記事一覧